#003 「とにかくやってみる」で切り拓いた、パリでの新たな人生

#003 「とにかくやってみる」で切り拓いた、パリでの新たな人生

 

WORK HARD, PLAY HARD. JUST CHILL, BE YOURSELFを体現している人のライフストーリーを紹介する「RH STORIES」。第2回は、パリに拠点を置き“Fashion Improver”として元Hermèsのプロダクトマネージャーが手がけるフランスのブランドDE BONNE FACTUREの日本進出や、東京五本木にあるセレクトショップTFのディレクションなどを手掛け活躍する、関隼平氏をフィーチャーします。

 

1単位しか取れず大学を中退。最初の仕事は期せずしてミリタリー専門店の店員に

 

生まれは東京の小平市というところでした。

ブリヂジストンの東京工場というのが小川駅にあるんですよ。

そこには社宅があって、その中にはスーパーも病院もあってちょっとした村みたいなのが出来上がっていて。

小学校に入った時にブリヂストン以外の人に初めて会うみたいな(笑)。

そのあと小学校の4年で栃木県に引っ越しました。

 高校で東京に戻って、その頃はよく学校帰りに下北に行ったりしていました。

古着が好きで。人と違う服が着たい、お金も無い中で個性を出したかったんですよね。

その時はメンノンとかも読むようになっていて、当時は(雑誌で活躍する)スタイリストが全盛の時代だったんです。

だからスタイリストになりたいなと思って、でもなり方が分からなくて。

そこで洋服屋で働きたいなという思いはあったんですけど、大学にはとりあえず進学しました。

でもほとんど行かなくて、友達と遊び続けていたら1年間で1単位しか取れなかった。しかもその1単位が体育で(笑)。

それで大学を1年間で退学することになって、さすがに仕事しないといけないとなった時に新聞の折り込みチラシに「ファッション雑貨・衣料販売」という募集があって、これいいかもって思って応募をしました。

それが家の近くの東久留米にある「ファントム」という軍モノのお店だったんですけど、実は軍モノ屋だって知らないで面接行っちゃったんです。

その当時軍モノの古着が好きだったから、たまたま軍モノのジャケット着て面接に行ったんですね。

そしたら面接で店長さんに「オランダ軍のジャケット着てるんだね」と言われたので、何で分かるんですかと聞いたら「そのポケットの形とか、まぁ生地もそうでしょ」と当然のように言われて(笑)。

ここ結構面白そうかもって思って、働き始めたというのが僕の洋服屋人生の始まりでした。

 

  

当然ながら、僕が思ってた洋服屋の感じじゃなかったです(笑)。

場所が東久留米なので、ファッションを目的として来店する人は殆どいなくて、本当のマニアが集うというお店だった。

例えばお客さんが来て「とりあえずイチウマ1枚」とか言ってくるんです。そこで僕はカウンターで「えっ?イチウマって何ですか?」みたいな感じで戸惑うしかない。

イチウマというのは第1騎兵師団のことで、そうやってマニア用語が色々あるんですよね。

でも一緒に働いている人も基本詳しいマニアばかりなので、その人たちが毎週僕の為に講習会を開いてくれたんですよ。

例えばMA-1というのは年代別にこう変わっていきますみたいな授業を毎週してくれて。

皆さんが優しく可愛がってくれて、すごく楽しかった。

服の構造とか歴史みたいなのが学べたので、そういう意味では学校みたいでとても良い経験でした。

 

偶然の出会いで、次は表参道・同潤会アパートにあったヨーロッパミリタリーのお店へ

 

「ファントム」を運営していた会社はその後倒産してしまいました。

その少し前に会社を辞めて、何もしていない時に表参道を一人で歩いていたら、たまたま「ファントム」の会社にいた上司の方が「関くん!」と声をかけてくれたんです。

何しているんですかと聞いたら「ここでお店やってるんだよね」と言われて。そこが同潤会アパートという、今の表参道ヒルズの場所にあった建物で。

ファントムはアメリカの軍モノだったんですけど、そこはヨーロッパの軍モノを扱う会社でした。

その方が「関くん仕事してないなら働けば」と言ってくれて、そこからまた軍モノ屋になったんですね。次はヨーロッパか、よりファッションに近づいたぞ、みたいな(笑)。

同潤会アパートはすごい古い建物なんですけど、屋上もあってすごく気持ちも良い場所でした。

更にスタイリストや編集者など色んな面白い人たちがたくさん来るショップというのもあって、それも良い経験になりました。

念願叶ってパリへ。今にも通ずる「やりたいことをとにかくやってみる」を貫く精神

 

その後はセレクトショップを中心に職を転々としていました。

独立前にいた会社はショップの立ち上げから関わらせてもらって、売上も伸びていったんですが途中で飽きてきてしまって。

海外によく買い付けは行っていたので、何となく海外で仕事してみたいなって思い始めていたんです。

でもどうやって海外で仕事を作るんだろうと、またそのやり方が分からなかった。

とりあえず会う人会う人に「海外で仕事してみたいんだよね」「海外でイベントやりたいな」と、とにかく話すようにしていたんです。

するとたまたまパリの物件を紹介してもらう機会があって、当時働いていたセレクトショップの海外店舗としてこれだったらいけるんじゃないかと思ったんですね。

そこで日本に戻って会社にプレゼンをしたら、じゃやりましょうってなって、晴れて行けることになりました。

でも英語も喋れないし、フランス語ももちろんゼロという状態でした。

その時の欲望というか、やりたいと思ったことをただ行動に直結させてるだけなんですよね。

だから不安は行ってから出てきてしまうんです。行くまでに思えよって感じなんですけど(笑)。

例えば、いよいよお店を開けなきゃいけないという時。

準備中は特に不安はなかったのですが、いざオープンしましょうってなったら(フランス人の)お客さんが来ちゃうから、シャッターを開けるのがすごい怖いと思ってしまって。

これもしかしてとてもヤバいことをしてるんじゃないかって、当日の朝初めて思うんです。

でも実際に開けてみたら、意外と(お客さんは)みんな優しかった。

その時思いましたね。もう考えてもしょうがないから、やるしかない。やってから考えよう、をこれからも自分は貫こうと。

 

“Fashion Improver” (=ファッション・インプルーバー)という新たな職種を創り出し独立

 

そこから1年間は(パリの)店を仕切っていたんですが、多くの出会いがある中でもっと外で色々仕事がしたいなという、また欲が出てしまった。

じゃ仕事を辞めて、一人でやってみようかなと決意したんです。そこもまた何も考えていない(笑)。

ただ今までやってきた経験はあるから、それを活かしてどうやったら仕事になるかな、どうやったら人の役に立てるかなと考え始めました。

「ファッションコンサルタントはしっくりこないし」と考えていたところ、友人が「だったら何か新しい肩書きを作ったらいいんじゃない?」とアドバイスをくれたんです。

その友人が“improve”(=改善する)という言葉を出してくれて、すごく良いなと。

「“Improver”という職種はないから関くんが自分で名乗って一人目になったらいいんだよ」と背中を押してくれました。

そこで名刺に書いてFashion Improverですと名乗り始めたんですけど、結構英語圏の人の反応が良かったんです。

すごく素敵な職業だね、と言ってくれることが多かったので、この肩書きでやっていこうと決意することが出来ました。

Improverというのは 上から教えてあげて引っ張り上げるとか、下からついていくというよりは横に並んで並走する、一緒のチームに入って一緒に上がって行くというイメージなんですよね。

だから自分にとってImproverという肩書はとてもしっくりきています。

 

独立してすぐはロンドンのセレクトショップのバイイングを任せてもらったり、イタリアにある雑貨会社のパリでのセールスエージェントをやったりしながら、少しずつ人の紹介で日本の仕事も増えてきました。

ブランドのセールスや立ち上げに関するサポートなどの依頼も多かったので、日本で合同展示会を主催したり、海外に進出したい日本のブランドの為にパリのメンズ・ファッションウィーク中にショールームを運営したりもしています。

あとは、これもまた偶然の出会いがあって良い物件を紹介してもらったので、2019年にはパリの16区というエリアに自分でセレクトショップもオープンしました。

 

 

記念すべき40才の誕生日に、パリ16区に自身のショップ「PARKS Paris」をオープン。

 

あえて流される、自分はこうだと決めない。それが「自分らしさ」

 

今後も新しい、やったことのない仕事にどんどん挑戦してみたいと思っています。

Fashion Improverを)やりながら気付いたんですけど、自分がやりたい事と、相手が僕に求めていることってちょっと違っていたりするんです。

例えば飲食店のプロデュースとか、(普通に考えたら僕には出来ないですけど)もし相手が僕に出来ると思って頼んでくれたら、それは出来るっていうことなんですよね。

なぜかというと相手の方がプロだから、それって僕が出来るか出来ないか決める必要はなくて、プロの人が言うんだったらやってみたらいいじゃんと思える。

 

結果的に「こいつただ流されてるだけじゃん」みたいな、それくらいが僕にはちょうどいい。

今までもそうだったけど、出会った人出会った人が導いてくれるというか。

自分はこうだって決めない、というのが自分らしさなのかなと思いますね。

 

 

プロフィール

関 隼平(せき じゅんぺい)

株式会社IMPROVER 代表取締役

IMPROVER FRANCE S.A.R.L. 代表取締役

 

1979年東京生まれ。2008年に東京のセレクトショップの立ち上げに参加し、全店舗のバイイング、マネージメントを行う。2015年からはパリ店勤務となり2016年に独立。

現在はパリをベースにFashion Improverとして様々なショップ、ブランドの価値を高める仕事を手掛けている。2019年にはParis屈指の高級エリアである16区に自身のショップ「PARKS Paris」をオープン。

http://livininparis.com/

https://www.instagram.com/sekijumpei/